06/16: 麻紐が結ぶ縁
蒲郡・幡豆の地場産業に、綱や網(ロープ)の生産があります。このあたりはかつて半農藩漁の土地で、漁の合間や農閑期の仕事として、漁網や、漁網用の綱作りが広まり、やがて日本屈指の産地にまで発展していきました。昔よりは減少したものの今も工場はかなりの数にのぼり、ロープ生産に限れば全国シェアの50%を占めるほどです。
幡豆の集落や蒲郡市形原の町を歩いていると、小さな工場からガチャンガチャンという音が聞こえてきます。この音がまた実に味わい深い。働いている人はうるさくて大変でしょうが、幡豆や形原のまったりした風景に欠かせない効果音なのです。
筆者が制作に参加している、6/10に発売された「そう」27号(豊橋・春夏秋冬叢書刊)では、東幡豆の製綱工場を取材してレポートしております。詳しくはそちらを購入して読んでいただくとして、こちらでは書ききれなかったネタを。
※すべての写真はクリックすると大きく表示されます
取材させてもらったこちらの製綱工場は、明治44年の創業。昔ながらの麻を原料とした綱を作り続けています。
現在、綱や網はほとんどが化学繊維。昭和30年代、麻から化繊へと一気に変化していったなか、先代は「麻糸が完全になくなるとは思えない」と、将来に不安を抱えつつも麻綱づくりの継続を決意。結果的に、こちらが日本で唯一の「麻綱細物専門工場」(細物=ほそもの=細い紐のこと)として、業界に確固たる地位を築きます。
先代は創意工夫に富んだ人で、「糸巻スピンナー」や「レーヤーマシン」など、新しい機械を次々に開発してゆきます。・・・ってどんな機械?

左がスピンナー。簡単にいうと、麻の繊維をよりを掛けながら引っ張って、単糸にする機械。右がレイヤー。正しくは「ツインレイヤー」といい、複数の単糸をより合わせて綱にしてゆきます。
まあ、シロウトにはナンノコッチャ?という感じですが、長く使われ続けてきた凄い機械であることは間違いありません。ちなみにスピンナーのほうは昭和24年製という年代モノ。これらの機械は、かつて形原にあった「製鋼機械の技術は日本一」ともいわれた鉄工所が手掛けました。
麻製漁網の需要がないこの時代、麻紐がいったどのような用途に使われているのでしょうか。
ひとつは記事にも書いた、梨の誘引紐。これまた聞き慣れない業界用語です。梨栽培では、収穫をしやすくし、果実を均質に育成するため、梨の枝を果樹棚に這わせる形で育成する。このとき、果樹棚に枝を結びつけるのが誘引紐です。
どういうものか知りたい人は、安城か豊橋の梨農園にでも行ってご覧ください(写真撮ってないので)。
こちらでは昭和30年初頭より、鳥取から麻紐の大量注文が入るようになりました。ただし秋に限って。最初は作り手も何に使うのか知らず、製品をそのまま送っていました。ある時、納入先に招かれて鳥取を訪ねてみると、「あ、こうやって使うのね」と納得。
鳥取ではもともとワラ縄を使っていたのですが、次第に使われなくなり、麻紐に目を付けました。麻紐のは使用後に腐るので、農業用に最適だったのです。
その後、農家にリサーチして、結びやすさを考慮した柔らかい製品を開発。業界全体が化繊へシフトしたため麻製品を手掛けるメーカーがなくなり、独占状態になっていきました。「麻をやめなくてよかった!」てなもんで。今では、梨用誘引紐が製品の半分を占めています。
ほかに手掛けているのはこんなモノたち。

左はカーフロアマット用。一般的には合成樹脂ですが、自動車マニア向けのマットは麻製なんだとか。
右は酒瓶用。徳利や焼酎瓶の首部分に付いている紐です。こちらもけっこうマニアック。納品先は、陶製焼酎瓶の日本最大の産地である、多治見市高田地区。
あと、美術学校などで使われる、デッサン用石膏のつなぎ・・・なんて需要もあるそうで、とにかくシブい部分を担っているのが、こちらの麻紐なわけです。

ああ、シブいぜ。
なお、こちらは特に見学施設というわけではないため、中を見せてもらえるとは限らないので念のため。とりあえず幡豆・形原に行ったら、耳を澄ませてみてください。
幡豆の集落や蒲郡市形原の町を歩いていると、小さな工場からガチャンガチャンという音が聞こえてきます。この音がまた実に味わい深い。働いている人はうるさくて大変でしょうが、幡豆や形原のまったりした風景に欠かせない効果音なのです。
筆者が制作に参加している、6/10に発売された「そう」27号(豊橋・春夏秋冬叢書刊)では、東幡豆の製綱工場を取材してレポートしております。詳しくはそちらを購入して読んでいただくとして、こちらでは書ききれなかったネタを。
※すべての写真はクリックすると大きく表示されます
取材させてもらったこちらの製綱工場は、明治44年の創業。昔ながらの麻を原料とした綱を作り続けています。
現在、綱や網はほとんどが化学繊維。昭和30年代、麻から化繊へと一気に変化していったなか、先代は「麻糸が完全になくなるとは思えない」と、将来に不安を抱えつつも麻綱づくりの継続を決意。結果的に、こちらが日本で唯一の「麻綱細物専門工場」(細物=ほそもの=細い紐のこと)として、業界に確固たる地位を築きます。
先代は創意工夫に富んだ人で、「糸巻スピンナー」や「レーヤーマシン」など、新しい機械を次々に開発してゆきます。・・・ってどんな機械?
左がスピンナー。簡単にいうと、麻の繊維をよりを掛けながら引っ張って、単糸にする機械。右がレイヤー。正しくは「ツインレイヤー」といい、複数の単糸をより合わせて綱にしてゆきます。
まあ、シロウトにはナンノコッチャ?という感じですが、長く使われ続けてきた凄い機械であることは間違いありません。ちなみにスピンナーのほうは昭和24年製という年代モノ。これらの機械は、かつて形原にあった「製鋼機械の技術は日本一」ともいわれた鉄工所が手掛けました。
麻製漁網の需要がないこの時代、麻紐がいったどのような用途に使われているのでしょうか。
ひとつは記事にも書いた、梨の誘引紐。これまた聞き慣れない業界用語です。梨栽培では、収穫をしやすくし、果実を均質に育成するため、梨の枝を果樹棚に這わせる形で育成する。このとき、果樹棚に枝を結びつけるのが誘引紐です。
どういうものか知りたい人は、安城か豊橋の梨農園にでも行ってご覧ください(写真撮ってないので)。
こちらでは昭和30年初頭より、鳥取から麻紐の大量注文が入るようになりました。ただし秋に限って。最初は作り手も何に使うのか知らず、製品をそのまま送っていました。ある時、納入先に招かれて鳥取を訪ねてみると、「あ、こうやって使うのね」と納得。
鳥取ではもともとワラ縄を使っていたのですが、次第に使われなくなり、麻紐に目を付けました。麻紐のは使用後に腐るので、農業用に最適だったのです。
その後、農家にリサーチして、結びやすさを考慮した柔らかい製品を開発。業界全体が化繊へシフトしたため麻製品を手掛けるメーカーがなくなり、独占状態になっていきました。「麻をやめなくてよかった!」てなもんで。今では、梨用誘引紐が製品の半分を占めています。
ほかに手掛けているのはこんなモノたち。
左はカーフロアマット用。一般的には合成樹脂ですが、自動車マニア向けのマットは麻製なんだとか。
右は酒瓶用。徳利や焼酎瓶の首部分に付いている紐です。こちらもけっこうマニアック。納品先は、陶製焼酎瓶の日本最大の産地である、多治見市高田地区。
あと、美術学校などで使われる、デッサン用石膏のつなぎ・・・なんて需要もあるそうで、とにかくシブい部分を担っているのが、こちらの麻紐なわけです。
ああ、シブいぜ。
なお、こちらは特に見学施設というわけではないため、中を見せてもらえるとは限らないので念のため。とりあえず幡豆・形原に行ったら、耳を澄ませてみてください。