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投稿者: writern
 前回、18きっぷで行った鯖江のメガネミュージアムを紹介しましたが、その旅では鯖江から北陸本線をどんどん進み、富山まで行きました。富山の産業といえば薬。製薬メーカー「広貫堂」のミュージアムに立ち寄って、産業観光の連チャンと相成りました。

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 駅前から路面電車に乗り「広貫堂前」停留所で下車しまして、やって来ました広貫堂資料館。左が工場。製造工程を見学できるわけではありません。右が敷地内にある資料館。富山の製薬は藩政時代からの歴史があるので、江戸時代ふうにしたんでしょうか。

 

 中に入ると、薬売り人形がお出迎え。館じたいは思ったより小さくて、20分ほどのビデオを見たあと、少量の展示物を眺める、といった流れで、薬に特に興味がない人は、30分も時間を見ておけば十分でしょう。

 
 

 しかし、パッケージデザインや広告宣伝の歴史に興味がある人にとっては、こういうの見ているだけで楽しい。館の人によると、風邪はダルマ、胃腸薬は布袋さんや熊、鎮痛剤にはスッキリした人の顔など、デザインにも共通のルール的なものがあるそうな。



 富山の薬は、元禄3年(1690)のある事件がきっかけ。富山藩主前田正甫が将軍に謁見するため控えていた江戸城大広間で、他藩の藩主が腹痛を起こしたところに遭遇、持っていた「反魂丹」という薬を飲ませたところたちどころに直り、評判に。
 「コレ、もっと作って売ったらいいがいね(富山弁)」と、藩の殖産興業として奨励し、広まりました。反魂丹はもともと、岡山の医師の家伝薬だったのですが、前田正甫の命を受け、松井屋源右衛門という人が製法の伝授と技術指導に尽力したといいます。
 書くのが面倒なので、詳しく知りたい人は広貫堂のホームページでも見てください。
 越中富山の反魂丹の名声は高く、落語の「反魂香」というネタにも取り入れられています。ある男やもめが、焚くと死んだ人が現れる反魂香を手に入れようと薬屋に行ったところ、反魂丹をそれと勘違いして買ってしまい、死んだ妻に会えるとワクワクして焚いたら、煙がもうもうとあがって煙たかった、という噺。
 書くのが面倒なので、詳しく知りたい人は三笑亭可楽のCDでも探して聞いてみてください。



 お土産はもちろん薬。実用性が高くて喜ばれることうけあい。あと、来館者には栄養ドリンクがもらえます。

広貫堂ホームページ http://www.koukandou.co.jp/
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投稿者: writern
 4月、とある旅行雑誌の取材で北陸に18きっぷで行きまして、その途上、福井県の真ん中あたりに位置する鯖江に立ち寄りました。鯖江といえば、メガネ産業の本場。日本の眼鏡の約9割が鯖江で作られているという、筆者のようなメガネユーザーには実にありがたい町です。
 鯖江駅で降りたのは、売店で販売されているお土産をチェックするため(そういう企画だったので)。構内売店のほか、駅に隣接する観光協会にも土産物がありそうだったのでのぞいてみたところ、なんと土産用に老眼鏡が販売されているではないですか!さすが地場産業!ていうか、老眼鏡をおみやげに買う人がいるのか。
 感心して観光協会の人に話を聞いてみると、「3月にめがねミュージアムがオープンしましたよ」というレア情報が。場所も、駅から1キロと至近。これは押さえておかねば。

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※すべての写真はクリックすると大きく表示されます

 そんなわけでアポなしで、やってきました「めがねミュージアム」。もともと「めがね会館」という業界団体の事務所ビルで、建物自体は昭和59年にできています。北陸道のそばにあるので、通りがかりに気付いた人も多いでしょう。
 ちなみにこのビル、検眼器の形をしているとか。分かりづらい!



 とりあえず1階に入ってみてびっくり、店かよ!
 館の方によると、こちらはアンテナショップ。福井のメーカーが手掛けた製品が一堂に会しています。ご覧のとおり、ディスプレーがカッコイイ。扱っているのもオシャレメガネばかり。このさき予定がなければ、商品選びに没頭すること必至です。
 続いて、めがね展示階へ。

 

 こちらは、昔のメガネや製造道具などを展示したミュージアムコーナーになっています。
 展示から福井・鯖江の眼鏡の歴史をさらっておきますと、起源は明治38年。農村地域の生活向上を図るべく、増水五左衛門という人物が、足羽郡麻生津村生野(現在は福井市)に大阪から職人を招いて眼鏡生産を始めました。当初はフレーム生産のみでしたが、大正5年からはレンズの生産も開始。昭和に入ると金張りフレーム、セルロイドフレームを開発し、戦後には日本最大産地としての地位を築きます。

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 展示されている古い道具は、大正時代の主力だった「赤銅めがね」の製造道具。もと職人さんの「語り部」水嶋さんが、どのように道具を使うのか、実演してくれます。
 驚いたのは、原料である赤銅まで手作りだということ。銅・金・錫を混ぜて熱で溶かして合金を調合し、1の道具(「シャチ」という)でそれを引き伸ばして、枠の元を作ったそうです。2は、部品を止めるためのネジづくり。3は、部品を接合する「ロー付け」。4は、ロー付けした部分をヤスリで磨く作業。いやー、細かい。細かすぎて目が悪くなりそうだ(本末転倒だが)。
 水嶋さんは、主にロー付けに携わっていた職人さんで、平成4年頃まではこうした細かい手作業が行なわれていたとか。



 展示品の中には、福井県めがね大使である大村崑氏のコレクションや、モロボシダンがウルトラセブンに変するとき着用した「ブタ面メガネ」ことウルトラアイも。ある種のマニアにはたまりません。あ、どうでもいいですが、本稿のタイトルはウルトラセブンの主題歌を拝借しております(誰も気付かないっての)。
 このほか館内には、オリジナルのメガネフレームを作ることができる「体験工房」も設置。自分で作ったメガネをかけるというのも、なかなか凄い話だ。



 ジュワッチ。

めがねミュージアムHP http://www.megane.gr.jp/museum/
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投稿者: writern
 蒲郡・幡豆の地場産業に、綱や網(ロープ)の生産があります。このあたりはかつて半農藩漁の土地で、漁の合間や農閑期の仕事として、漁網や、漁網用の綱作りが広まり、やがて日本屈指の産地にまで発展していきました。昔よりは減少したものの今も工場はかなりの数にのぼり、ロープ生産に限れば全国シェアの50%を占めるほどです。
 幡豆の集落や蒲郡市形原の町を歩いていると、小さな工場からガチャンガチャンという音が聞こえてきます。この音がまた実に味わい深い。働いている人はうるさくて大変でしょうが、幡豆や形原のまったりした風景に欠かせない効果音なのです。

 筆者が制作に参加している、6/10に発売された「そう」27号(豊橋・春夏秋冬叢書刊)では、東幡豆の製綱工場を取材してレポートしております。詳しくはそちらを購入して読んでいただくとして、こちらでは書ききれなかったネタを。

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※すべての写真はクリックすると大きく表示されます

 取材させてもらったこちらの製綱工場は、明治44年の創業。昔ながらの麻を原料とした綱を作り続けています。
 現在、綱や網はほとんどが化学繊維。昭和30年代、麻から化繊へと一気に変化していったなか、先代は「麻糸が完全になくなるとは思えない」と、将来に不安を抱えつつも麻綱づくりの継続を決意。結果的に、こちらが日本で唯一の「麻綱細物専門工場」(細物=ほそもの=細い紐のこと)として、業界に確固たる地位を築きます。

 先代は創意工夫に富んだ人で、「糸巻スピンナー」や「レーヤーマシン」など、新しい機械を次々に開発してゆきます。・・・ってどんな機械?

 

 左がスピンナー。簡単にいうと、麻の繊維をよりを掛けながら引っ張って、単糸にする機械。右がレイヤー。正しくは「ツインレイヤー」といい、複数の単糸をより合わせて綱にしてゆきます。
 まあ、シロウトにはナンノコッチャ?という感じですが、長く使われ続けてきた凄い機械であることは間違いありません。ちなみにスピンナーのほうは昭和24年製という年代モノ。これらの機械は、かつて形原にあった「製鋼機械の技術は日本一」ともいわれた鉄工所が手掛けました。

 麻製漁網の需要がないこの時代、麻紐がいったどのような用途に使われているのでしょうか。
 ひとつは記事にも書いた、梨の誘引紐。これまた聞き慣れない業界用語です。梨栽培では、収穫をしやすくし、果実を均質に育成するため、梨の枝を果樹棚に這わせる形で育成する。このとき、果樹棚に枝を結びつけるのが誘引紐です。
 どういうものか知りたい人は、安城か豊橋の梨農園にでも行ってご覧ください(写真撮ってないので)。

 こちらでは昭和30年初頭より、鳥取から麻紐の大量注文が入るようになりました。ただし秋に限って。最初は作り手も何に使うのか知らず、製品をそのまま送っていました。ある時、納入先に招かれて鳥取を訪ねてみると、「あ、こうやって使うのね」と納得。
 鳥取ではもともとワラ縄を使っていたのですが、次第に使われなくなり、麻紐に目を付けました。麻紐のは使用後に腐るので、農業用に最適だったのです。
 その後、農家にリサーチして、結びやすさを考慮した柔らかい製品を開発。業界全体が化繊へシフトしたため麻製品を手掛けるメーカーがなくなり、独占状態になっていきました。「麻をやめなくてよかった!」てなもんで。今では、梨用誘引紐が製品の半分を占めています。
 ほかに手掛けているのはこんなモノたち。

 

 左はカーフロアマット用。一般的には合成樹脂ですが、自動車マニア向けのマットは麻製なんだとか。
 右は酒瓶用。徳利や焼酎瓶の首部分に付いている紐です。こちらもけっこうマニアック。納品先は、陶製焼酎瓶の日本最大の産地である、多治見市高田地区。
 あと、美術学校などで使われる、デッサン用石膏のつなぎ・・・なんて需要もあるそうで、とにかくシブい部分を担っているのが、こちらの麻紐なわけです。

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 ああ、シブいぜ。
 なお、こちらは特に見学施設というわけではないため、中を見せてもらえるとは限らないので念のため。とりあえず幡豆・形原に行ったら、耳を澄ませてみてください。
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投稿者: writern
 3月、嫁の友人が勤務している「TOTOサニテクノ」へ、誘われて工場見学に行ってきました。TOTOサニテクノは常滑にあるトイレのメーカー。その日は会社フェアみたいなイベントで、トイレの見本市や予約なしでの工場見学などが催されていたのです。

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 常滑といえば衛生陶器の産地。ミュージアムのあるINAXの印象が強いけれど、北九州が発祥のTOTOも系列会社を置いていたんですね。
 この会社、創立時は独立系のローカルメーカーだったのが、1974年にTOTOグループになって「愛知東陶株式会社」となり、平成19年にグループ本体およびグループの一括社名変更に伴い「TOTOサニテクノ」になったそうな。
 工場があるのは常滑市南部の丘陵地。土地にゆとりのある知多半島の脊梁部には、こうしたマニアックなメーカーが点在してます。

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 工場の広場には、最新トイレをズラリ展示。中でも目を引いたのは左、TOTOの最新型トイレ「ネオレスト」。少量の水でしっかり洗浄する「エコトイレ」らしいのだが、洗浄水がトルネード状に流れてくる。写真左がそのデモタイプ。ふぅーん。
 ウォシュレットの水もやさしさ気持ちよさ重視ってことで、単なる水鉄砲ではなく波状だか粒状だか、文章では説明できない飛び出し方をしてくるらしい。ふぅーん。あ、便器なんで相槌が「ふぅーん」ね(説明する必要ないか)。
 あと右は、山本寛斎プロデュースの便座。そういえば以前、東京ドームへ「カンサイスーパーショー」というのを見に行ったことがありますが、TOTOが協賛していました。なんか意外なつながり。でも、便器に派手なカンサイカラーって、落ち着かなくないか?

 さて、お目当ての工場見学なんですが、これがかなり面白かった!
 型作り、施釉、焼成とひととおり見せてくれ、特に数十メートルのトンネル窯に形成した素地を入れ2日(だったかな?遊び気分だったのでメモ取ってない)かけて徐々に焼き上げていくという工程は、なかなか見ごたえあり。ずらっと便器が並ぶ様なんて、圧巻です。
 けど、写真撮影不可だったので、残念ながらお見せできません。機会があれば見学を申し込んで行ってみてください。

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 来場プレゼントがまたマニアック。左はネオレストの携帯ストラップ。便座を空けると真ん中に鎮座するのは金ウン。うーん。右はアンケートを書いたら後から送られてきた「便座ロボット」のベンザエース。ってそれは薬。正式な名前は知りません。両者とも今、嫁が携帯に付けております。

TOTOサニテクノのHPがないので、TOTOホームページ
http://www.toto.co.jp/

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鉄道でゆく東海絶景の旅
内藤昌康・著/風媒社刊/1575円


2010年版地図ガイド 知多四国巡礼
知多四国霊場会・監修(内藤は執筆・撮影・地図ディレクションを担当)/歴遊舎刊/1500円
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投稿者: writern
 飛騨の地域おこし系名物のひとつ、「うま辛王」というのをご存知ですか?高山市高根町(野麦峠のある地区)で作られている、唐辛子の調味料です。

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 これをひとふり、パスタやピザに振りかけると、味も香りもぐっと引き立つというスグレモノ。高山の定番土産といえば味噌、漬け物、駄菓子などですが、これも飛騨に行ったらぜひ入手してもらいたい逸品です。
 わたくし辛いのが苦手で、唐辛子と入力するだけで舌に唾が溜まり額から汗がじんわり出てくるようなタイプなんですが、そんな僕でも「うま辛王」の実力には完敗です(別に勝負しているわけではないが)。
 辛い、確かに辛いんだけど、その中に感じる旨味が辛味を凌駕しています。後に舌がしびれるようなこともありません。その味は「旨辛い!」。商品名そのまんま。
 先月、「うま辛王」の製造元に隣接する道の駅「飛騨たかね工房」に取材に行くと、その日は製造はやっていなかったのですが、駅長さんが「少し先に唐辛子を熟成させている場所がありますよ」と教えてくれたので、行ってみました。

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 道の駅から長野県境方面へ15分ほど車を走らせ、やって来ました「飛騨唐辛工房第一貯蔵庫」。・・・って、トンネル?廃道になった国道361号旧道のトンネルを再利用しているという。

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 中に入ると、おおー!ズラリ並んだ青いケース!って、壮観だけどこれだけではなんだかわからないので、管理の方にひとつ取り出してもらいました。

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 シートをめくると、おおー!トウガラシ!見ただけで発汗!
 ここでは唐辛子を天然塩と米酢に漬け込んで、2、3年熟成させています。こうすることで唐辛子の旨味が引き出され、あの辛味と旨味が絶妙にマッチングした「うま辛王」ができるというわけです。
 勧められたので一つまみ口に放り込んでみると・・・辛っ!製品にする前だから当たり前か。

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 そもそも「うま辛王」を開発したのは、高山市街にある飛騨牛ステーキの人気店、キッチン飛騨。料理に合うソースを開発してゆく中で生まれたんだそうです。
 道の駅には「うま辛王」シリーズがずらり。こんなにバリエーションがあったとは。他に、うま辛カレーのレトルトやうま辛みそなど、スピンオフ商品も。また、道の駅のレストラン(ここはレストランのシェフが駅長という、他ではあまり聞かない形態の道の駅)では、うま辛カレー、うま辛ラーメンが味わえます。カレーは特に旨辛い!

 あー、今回は書いていて汗出てきた。

飛騨唐辛工房ホームページ http://www.tohkara.jp/

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 このブログ半年もほったらかしにしてましたが、気が向いたので久しぶりに更新。
 先日、車でふらーっと京都に行ってきまして、ふらーっと伏見に足を向けてみました。伏見といえば酒どころ。石を投げれば酒蔵に当たるというくらい、蔵元が密集しております。

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 松竹梅、黄桜、英勲など、錚々たる蔵元が伏見には揃ってますが、今回訪れたのは「日本の酒」のキャッチコピーでおなじみ、伏見どころか日本を代表する酒蔵、月桂冠の「大倉記念館」です。
 月桂冠の創業は寛永14年(1637)。江戸時代から明治時代までは「玉の泉」の銘柄で、明治38年に「月桂冠」が商標登録されました。昔からとにかく規模がデカかったようで、明治時代にはすでに研究所を設立したりアメリカに輸出したりしていました。
 事前予約すれば酒造りの様子も見られるようですが、ふらーっとやって来た観光客が見られるのは、酒造用具展示コーナーと、月桂冠の歴史コーナー。

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 酒造用具展示コーナーはよくあるので、この手の施設に行きなれた人にとっては、まあ特に目新しいものはありません。
 しかし、さすが月桂冠、歴史コーナーに展示された資料の充実ぶりはみごと。

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 昔の酒壜やラベル、酒樽、ポスター、古写真など、長い歴史を感じさせるマニアックな品がズラリ。
 左は、明治時代に作られた猪口付きの壜で、駅売り用だったとか。この復刻壜が蔵元売店で限定販売されていたので、購入しました。中央は明治・大正期の欧風ラベル。かっこいい。そして右は、古い酒壜が詰め込まれた角棚。よーく見ると、中に「月桂冠」ならぬ「日桂冠」が混じっています。

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 これも戦前のもので、ラベルに「防腐剤入ラズ」と刷り込まれています。
 月桂冠が飛躍的に発展したのは明治後半、他に先がけて樽詰めから壜詰めを主力にし、駅売りで販路を伸ばし知名度を広げたことが大きかったようです。 
 そうした中、デザインや広告にも力を入れていった蔵元の戦略も、展示物から垣間見えます。
 最後にこのシリーズ恒例、逸品カンバンを。

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 昭和9年にベーブルースが初来日した頃の立て看板。シブすぎる!

月桂冠大倉記念館ホームページ
http://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/museum/

 余談ですが、大倉記念館のすぐ近所にある「伏見夢百衆」というショップ&カフェでは、伏見の全蔵元の商品が購入できます。もとは月桂冠の本社だった建物で、館内もシブい。

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投稿者: writern
 トヨタの業績不振のせいか愛知の産業観光もどこか下火っぽくなっている今日このごろ。皆様、いかがお過ごしですか。
 産業観光も企業PR臭をもっと抜かないと、こういう不況とともに落ち目になりかねません。ボチボチ次のステップに向けて、なんか考えた方がいいんじゃないかと思いますけど・・・。誰が考えるか知らんけど。

 まあそんなことはどうでもよくて、個人ブログ「まるかど日記」→●□でも書いておりますが、7/25から28まで、13年ぶりに北海道に行ってきました。主に網走、十勝方面に滞在しまして、その間、産業観光系の施設もいくつかチェックしましたので、ご紹介します。
 
 滞在3日目の7/27午前中は、帯広郊外をウロウロ。まず向かったのは、最近の十勝で一番人気の施設、帯広から車で40分ほどのところにある中札内村の花畑牧場。チハル、ムネオに次ぐ十勝管内第三の有名人、近頃何らかの野心をプンプン発しているようなヨシタケの経営する、アレです。


※すべての写真はクリックすると大きく表示されます

 朝っぱらから観光バスや家族連れがガンガンやって来て、売店は大混雑!昨日の津別や足寄では観光客らしき人をほとんど見なかったのに、どっから湧いて出たのかいうほど。
 流行に乗ってお決まりの生キャラメルを自分たち用とお土産用に買い込みまして、とりあえずその場で一個、食べてみた。試食がなかったので。うん、まあ、素直に美味いぞ、と。
 ここはプチ産業観光施設で、工房では大勢の従業員がキャラメルを掻き混ぜているところも見ることができます。しかし、チーズ好きの僕としては、生キャラメルよりもこっちの方に惹かれた。



 花畑牧場のもうひとつの名物、カチョカバロ(チーズの一種)の製造工程見学エリアです。さすがヨシタケの指導が行き届いているのか、サービス精神が旺盛。
 驚いたのは、客も多いが従業員もかなり多いこと。地場産業や観光産業の振興もさることながら、地域に雇用の場を創出してるという点は、過去のタレントショップと比較するとかなりポイントが高いんじゃないでしょうか。野心はどうあれね。

 とはいえ、ベタベタな観光地なんで、マイナー指向の僕らにすれば30分も滞在すればもう満腹。そそくさと撤収して、帯広方面に戻る途中に「道の駅なかさつない」で休憩。そこで、面白いものを発見しました。



 中札内豆資料館、別名「ビーンズ邸」。
 十勝といえば、豆の一大産地。十勝参の豆類について紹介しているのがこの施設なんですが、そこらへんの資料館とは一線を画する内容。架空のストーリーに基づいて展示がなされているのです。
 そのストーリーとは、ビーンズ亭の住人は、十勝で生まれ育った「豆畑拓男」、通称ビーンズさん。豆畑家は十勝の大平原を開拓し豆栽培で成功をおさめ、その長男であるビーンズさんは、いろんなひとに十勝の豆について知ってもらおうと、自宅をミュージアムとして開放している・・・。

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 イギリス風?アメリカ風?のクラシカルでオシャレな内観に、すっきり配された豆関係資料の数々。これに食いついたのがライターNの嫁。彼女は豆類をこよなく愛していますが、それ以上に、乙女心をくすぐるようなコンセプトの展示に、もうハート鷲づかみ。



 豆についての豆本も。嫁は「かわいい!」を連発。
 簡単に言うとこの資料館、クウネルに代表される今風のナチュラル系雑誌の香りがする。そこらへんの企業や教育委員会では到底望めないようなセンスのよさ!これまで、フツーの若い女性に訴えかけるような産業観光施設があったでしょうか。さすが北海道、レベルが高い。



 もちろん、こうしたオーソドックスな民俗資料も別室にちゃんと揃えられています。
 一般的な観光でも、行ってみて損はない施設。十勝に行ったらぜひ足を運ばれることをオススメします。産業観光関係者も、参考になるので行くといいですよ。

 最後に一枚、十勝平野らしい風景を。この日は雨だったので、翌日に音更町というところで撮影したジャガイモ畑です。



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投稿者: writern
 いささか行きにくい場所にあるので、愛知県の自治体ではけっこう地味度が高い碧南市。しかし、微妙に低い知名度とは裏腹に、実は意外と地場産業が盛りだくさんの面白い町です。有名なところでは、安永元年(1772)創業の日本最初の味淋の蔵元「九重みりん」が筆頭でしょうか。
 碧南発祥モノというと、他に「白醤油」があります。白醤油は和食に使われる調味料のひとつで、琥珀色と上品な甘みが特徴。一般の醤油を作る原料は、大豆と小麦が5:5ぐらいといわれますが、白醤油の場合は大豆と小麦が1:9という割合。江戸時代後期に新川地区(碧南市の北部)で作り始められ、享和2年(1802)年創業のヤマシン株式会社がその代表格です。

 今回紹介するのは、碧南市新川地区にある白醤油のメーカー、七福醸造。創業は昭和25年と後発ですが、昭和53年、「白醤油」を発展させた「白だし」を初めて開発したという実績を誇っています。
 「白だし」とは、要は料理に使いやすよう白醤油にダシを加えたもの。水に白だしを入れるだけで吸い物ができるし、肉じゃがにもOK。東海地方なら、かなり広範囲のスーパーで見かけます。

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 実は七福醸造は、見学が可能な産業観光施設。この日ライターN夫婦はたまたま昼食を碧南で食べ、急に存在を思い出して寄ってみたところ、工場見学もさせてもらえました。
 案内はそのとき近くにいた人が対応することになっているようで、僕らの担当は白い工場着の元気な兄ちゃんでした。

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 白醤油の“一番搾り”を試飲。舐めてみると雑味がなく、独特のコクがあることがわかります。

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 左は現在使っている仕込みタンク。右はかつて仕込みに使っていた木桶。ふーむ、なるほど。
 気になるのがタンクに貼られた「ありがとう」。
 こちの会社は「感謝」を社是としているようで、従業員教育と社会奉仕にもものすごく力を入れておられるようです。顔見る社員のかたが全員、いちいち立ち止まって大きな声で「いらっしゃいませ!」って声をかけてくるし(最初ビックリしたわ)。
 まあそれはいいんですけど、兄ちゃんの説明によれば「ありがとう」という言葉にはパワーがあり、タンクに大書することで、より良質の製品ができるんだとか。そ、そうなんすか?別にそんなことしなくても、技術力の高さと原料の品質だけで、じゅうぶんいい商品になってると思うんですけど。
 ま、そこらへん詳しくはアレなので、気にかかった人は見学に行ってみてください・・・。

 なお、見学後に販売コーナーで試飲した吸い物は大変うまかったです。

七福醸造ホームページ http://www.shirodashi.co.jp/

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投稿者: writern
 先日、板取へ紫陽花の取材に行ったとき、何の気なしに美濃市蕨生地区の旧道に入り込んだところ、和紙の乾燥作業をしているところに遭遇しました。蕨生地区は美濃和紙の工房が数軒集まる数少ない地域で、見学体験施設「美濃和紙の里会館」もあります。以前ここで紙漉き体験をしたことがあるが、実際に何らかの作業をしていることろにお目にかかるのは初めて。
 ほんと偶然で、アポもなにも取っておらずまったくの飛び込み見学だったんだけど、快く見せていただけました。

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 この日、こちらで作業していたのは、昨日漉き上げた和紙を板に張って乾燥させる作業。文化財の修復に使われるものだそうです。
 漉いた和紙は最初、このように重ねられています。端に細い糸が付いており、それを使ってピーっと一枚ずつ丁寧にはがしていきます。

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 けっこう丈夫なものとはいえ、紙だから下手に扱うと破れてしまう。そこは指先まで神経が行き届いた熟練の技、損ねることなく綺麗に剥がされます。しかしこのシルクのような美しさ!見惚れてしまう。

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 剥がした和紙は、縦長の板に表2枚裏2枚、計4枚丁寧に貼り付けます。このとき空気が入らないように、刷毛を使って均します。

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 和紙を貼った板が何枚かできたら、作業場から外に出して、庭に干します。板を持たせてもらうと、けっこう重い。そのうえ、手や身体に和紙が付かないように運ばなくてはいけないので持つポイントが限られており、これも慣れないとなかなかスムーズにできないのです。

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 両面に貼ってあるので、乾いたら裏返します。

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 この日は梅雨の晴れ間で気温も高く、1時間半から2時間弱で乾くそうです。乾いたら作業場に取り込んで、一枚一枚丁寧に剥がしていきます。
 美しい和紙ができるまでには、力仕事と繊細な仕事を両立させなければいけないことがよく分かりました。ありがとうございました!

 このあと、和紙の里会館へ行って企画展を見物。その模様は筆者の個人ブログ「まるかど日記」へ→●□
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投稿者: writern
 先日、瀬戸市にある「瀬戸蔵」(ホール、ミュージアム、ショップが一体となった施設)へ立川志らくの落語を聞きに行った際、なぜか館内の「瀬戸蔵ミュージアム」が無料開放されていたので、高座のあと見物してきました。
今まで行く機会は何度もあったのですが、実はちょっと敬遠していました。というのも、館内に旧尾張瀬戸駅舎が復元されているというのが、なんか腑に落ちなかったからです。
 ま、なんと言ってもタダなんで、とりあえず中へ。

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※すべての写真はクリックすると大きく表示されます

 館内に入ってまずはコレ、旧尾張瀬戸駅。大正時代に完成したの名駅舎で、瀬戸の玄関口にふさわしい風格だったのですが、万博ちょっと前の平成13年に取り壊されてしまったものです。今はご存知のとおり、近年のスタンダード名鉄モデルを踏襲した、どしょうもない駅舎になっちゃってます。
 まず、老朽化したとはいえ、こんな素晴らしい建造物をあっさり取り壊す側の精神が気に入らない。さらに、メインストリートの風情を刷新しつつミュージアムの顔となる部分でレトロを前面に出すってのはどうなのよ?
 まあ、瀬戸は僕の地元じゃないんでどう町並み開発されようが何か言う権利はないんですけど、どうも腑に落ちないんだよなあ・・・。
 ちなみに展示されているモ750型は、晩年は僕の地元の名鉄揖斐線を走っており、よく乗ったものです。瀬戸線を走っていた時期もあるそうですが、ヨソに持ってかれた気がしてこちらも釈然としないんですが。

 とはいうものの、肝心の瀬戸焼関係の展示は予想以上の充実ぶりで、見ごたえ充分です。地場産業としてのやきものをここまで詳しく紹介した施設は、おそらく全国でもここだけでしょう。

 

 陶磁器工場と窯を再現したコーナー。なかなかリアルで、往時の雰囲気が伝わってきます。

 

 生産用具の展示コーナー。成型・焼成だけでなく、土作りにまで内容が及んでいます。どこか美術館を思わせるディスプレーもいい雰囲気。

 

 主要な製品や、発掘された陶片もズラリ。ただ、陶片は展示数がムチャクチャ多すぎて、どこに視線を合わせればいいのやら。インパクトはあるけど、目と頭が辛いぞ!
 てなわけで、4/18、19には瀬戸焼のビッグイベント「陶祖まつり」もあるので、興味のある方はぜひ足をお運びください。
 最後にオマケ、レトロ風情を演出すべく館内に飾られていた、地酒のホーローカンバンを。



 羽島の地酒「千代菊」です。うーん、惜しい。「千代菊」はかなり広範囲に営業展開していたので瀬戸にあってもおかしくないんだけど、ここは瀬戸の酒「明眸(メイボウ)」のカンバンを見つけてきてほしかった。

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